リアル あたしんち

昭和平成を生きるスーパーオカンと家族のエピソード

おじいちゃんがいない!?

私の祖父はパーキンソン病でした。


だんだんと表情がとぼしくなり
動きもゆっくりになり
車の運転免許も返納し
やがては車いす生活になってしまいました。



車いすながらも自宅で生活していたのですが
おそらく誤嚥性肺炎??
がきっかけで入院
入院するとさらに動けなくなってしまい
とうとう寝たきりになってしまいました。


地元の市民病院に入院していた祖父でしたが
このご時世、長期的な入院はできず
とうとう病院を変わることに。


地元の市民病院までは
私も車で15分ほどで行ける距離だったので
何度かお見舞いに行けました。


しかし転院先は高速道路を使って
車で1時間ほどかかる場所。
なかなかお見舞いには行けませんでした。


私も仕事が忙しく、家事・育児にも追われているということもあり
なかなかお見舞いに行くことができませんでした。


でも、平日に休みをもらえた時に
ようやく、祖父のお見舞いに行くこができました。



久しぶりに見た祖父の顔・・・
顔はやつれ、腕も足も痩せこけ・・・
「おじいちゃん、会いにきたよー、わかるー?」
と眠っていた祖父に話しかけました。


祖父はうっすらと目を開け
ぼんやりと私の方を見てくれました。
パーキンソンがかなり進行しているので
体の筋肉を思うようには動かせない状態です。


私のことを分かってくれているのか
分かってくれていないのかは
分かりませんでしたが
祖父の手を握り、頭や頬をなで
腕をさすりました。


祖父はすでに言葉も離せなくなっていました。
ただ、ほんの少し、うなづいたように見えました。


食べ物も口から十分に食べられないので
点滴がつながれていまいした。


「おじいちゃん、また来るね」
と言って、病院を去り・・・・


ようやく次に病院に行けたのは4~5か月後



病院に行って、受付で病室を訪ねた。
「○○はどこの病室ですか?」



すると
「お調べしますね。
 ○○さんですが、うちの病院にはいらっしゃらないみたいですが・・・」

と、受付の方に言われました。




ええー--!?😱
おじいちゃん、どこ行ったん!?

また転院したん???



慌てて、オカンに電話をし
「今、おじいちゃんのお見舞いに来たんやけど
 おじいちゃん、病院におらへん!!!」



するとオカンは
「あ~、言うてなかったんやけどな
 おじいちゃん、亡くなったんや」


は!?
亡くなったって、どういうこと???



実は、祖父は1か月前にすでに亡くなっていたとのことでした。



オカンは6人姉妹なのですが、あることをきっかけに
姉妹の仲が悪くなり、今回の祖父の入院や世話の責任のことでも
色々あったらしく、オカンの姉が喪主になり葬式をしたものの
オカンは参列しなかったとのことで
私にも連絡しなかった、ということでした。




・・・事情は分かった。
でも、姉妹が仲が悪いって私達、孫に関係ある???
とオカンを責めました。
父も責めました。
叔母にも・・・
私はおじいちゃんと、ちゃんと最期のお別れをしたかった。




初孫であった私をとっても可愛がってくれて
温泉や、海、プール、夏祭り・・・色んなところへ
連れていってくれた。
毎年、夏休み、冬休みには1週間以上泊まりに行っては
楽しい時間を過ごした。




そんな楽しい思い出がよみがえり
最期のお別れができなかったことに
しばらくのあいだ、ずっと泣いていました・・・・
(亡くなってすでに1か月も経ってたのにおこがましいですが・・・💦)



・・・とまあ
オカンはいつも、そういう大事なことを
自分の都合で、私には全然知らせてくれません。
先日、叔父が亡くなった時もそうでした。
「え?亡くなったん?もうお通夜終わったん??
 もっとはよ言えー--------!!!」
的な。



というのも、父が救急搬送されて
入院した時なんですが・・・
その話はまた今度に・・・



この調子だと
他の親戚の訃報も知らせてもらえない確率高いな・・・